ゆっくりとさよならをとなえる

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

ゆっくりとさよならをとなえる

私のこのブログは、言葉の死に場所か、言葉の堆積か、彼への手紙か。来月でお別れされてから一年になる。年上の人はあともう二年は忘れないだろうと言った。私もそれならそれでいいとむしろ安心した。一度真剣に愛した人の隙間は一生埋まらないものだろうと思う、これはわりと真面目に言っているのだが。
気配、幻、幽霊、影。どの言葉で彼を換言しようとしても、ピンとくるものでなく、ただ現象として、彼は今の私に不在として現前している。まぎれもない不在。退屈な昼下がりの明るい部屋の空虚に私は言葉をかけていて、独り言かもしれない、そこかしこに染み付いた彼の影を追いかける。そうしている私は何者だろう?愛の失格者か、流刑にあった唯一の罪人か、とりつかれた孤独な人間か。ばかみたいだな。あなたという二人称の文章なんて。

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