ゆっくりとさよならをとなえる

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

妄想リアル

syrup16g「リアル」をイライラしながら聴いていた。元彼が人妻の元カノのもとへ肉体関係を求めて奔走した時の心理がこれだったんだと思うと、聴きながらイライラしどおしだった。

リアルというタイトルだけど、この歌のどこにもリアルはない。あるのは心象=イマージュだけで、それと現実を近似させようと動く、一種の思春期性しか見当たらない。歌っている本人も「妄想リアル、もっとsoリアル」と歌っているくらいだから、それは間違いないだろう。彼はその時の自分の脳内にあふれる言葉を薙ぎ払う圧倒的なリアルが欲しかったんだろうと思う。それが人妻の元カノの肉体であり、自分の性欲を満たすということの容認だった。彼はまだ若い23歳の青年だから、不道徳も人生の勲章になる年代だ。この「リアル」という歌も、アドレッセンスに由来する不道徳を容認する歌になっている。道徳なんて、と吐き捨てる歌。というより、不道徳こそ今後の勲章になることさえ見越している歌。だから、「必死なのはかっこ悪くねえ、むしろその逆」であり、「感じられることすべてを喜びに変えろ」と言う。大人になったら絶対に許されない心象=イマージュと現実を近似させること。妄想がリアルを凌駕するのは、大人になればなにもかもが輝く過去になる思春期の特権である。

きっと彼はその時のことを悔恨や後悔という痛痒を一切感じず、我こそが道徳的小市民、という顔を天下にさらして堂々と生きていることだろうなと思う。私を傷つけたことも何一つ考えず、過ぎたことだから、あれもいい思い出、若いから、と。そう思うと、私が彼にしてきた一切の献身はなんだったんだろうな。私は一生、彼と出会って以来、報われることはないんだろうなと思った。

広告を非表示にする