ゆっくりとさよならをとなえる

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

私よ、

私よ、一体何がそんなに悲しかったりむなしかったりするんだ?

たとえば、今日にでも心を込めてまた彼に連絡したとして、その返答や応答がない(に決まっているのだが)にして、それがどうしたんだ?わかりきっていたことじゃないか。彼が私の運命を握っていると思うのか?彼が私に烙印を押したとでも?自分が損したことを、彼にわかっていないことが悔しいのか?彼でなく神に告白して神の前で泣き給え。彼は恋愛の神じゃないさ。

変わらない私たちが、変わっていくことについて話せたら、もうなにもいらないのだけどな。そういう夢が続く今が幸福なのかな。