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ゆっくりとさよならをとなえる

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

幻、影、おばけ

今すぐ誰かと恋に落ちたい気持ちと、もう恋愛なんて二度としたくないという気持ちのせめぎあい。その隙間から未来が人待ち顔している。その顔は、私のよく知る、それでいて一度も見たことのない懐かしくて新しい誰か。まるで、お別れした彼のようだ、成長して私を迎えに来たのです、というような。

そうだったらいいね。けど、もうそういうことは二度と現実には起こらないと私は知っている。ただそういう幻影があって、それを信じたってべつにむなしくないことだって人生にあったって、いいじゃないか、と思う。その幻に向かって自分を投げ出し、その影に追いかけられて自分を疑い・奮い立たせ、ときどきいたずら好きのおばけのように偶然や運命を感じさせられる。

決して会えないと知りつつ、会えるだろうと希求して自己を投企するのは、馬鹿な、みじめなことなのだろうか?

どうしていまだに、会えないと決定したいまだに、またいつか会えたら素敵だと思いつつ私はあしを前に出すのだろう?どうして前を向くと、彼がいるような気がするのだろう?

本当言えば、もう会えないのに前を向くたび会える気がする毎日がなんのためなのかわからなくて苦しくなることもある。もうあえないのに、前を向いて、会える気がするなんて、そんなのまやかしだから、子供だましだから、やめてしまいたい、死んでしまいたい、と。甘いお菓子を食べきった後のさびしい顔した物語。これが喪の作業なのだろうか?恋愛はいいな。出会っても別れても。けれど、幼少の時に身内を生き別れで失うのは、駄目だ。病にしかならないから。