ゆっくりとさよならをとなえる

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

桜を見て

春を感じると、彼の新しいスタートが想起されるせいか、とてもやりきれない気持ちになる。死の淵まで追い詰められて、もうあきらめる以外にないんだと宣告されたようで。桜を見て、つらくなるのが人を本当に想うことなのかもしれない。別れは「忘れないで」とお願いする間もなく訪れてひどいものだった。いったい何がいけなかったのかと、私だけがその問題を引き受けるはめになるということが、振られるということ。もう彼は私のもとに戻ってこないだろう。偶然でも運命でも、再会することもないだろう。もう私の人生と彼の人生が交わることもないんだろう、たぶん。

桜を見て、そういうことを考えた。