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ゆううつ日記

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

再び、音楽のこと

失恋から立ち直れそうもないと思う時期が一か月のうち1週間から10日間ほどあって、今その時期にいる。こういう時は彼に連絡を取りたい衝動と戦うのに必死で、悲しさと恨みとで涙があふれてくる。悲しさ、20%、恨み、80%。理性的になろうとすればするほど、彼のことを恨まずにいられない。私を簡単に切り捨てていなくなったのが彼だから。

マイリストで「失恋」でも作ろうかなと思った。そういえば、彼に自分のウォークマンを(頼まれてもいないけど、無言のうちに催促されている気がして)自分から見せたんだっけな。あんな恥ずかしいこと、どうしてしたんだろう。今更ながら、そこまでして心を開いていることを示した自分が結局報われずに終わったんだから、彼に心を開こうとして、あるいは、開いた私は馬鹿だったとしかいいようがない。今、涙の爆弾を抱えている気持ちでこの文章を書いている。泣きたいのに泣けない、あの爆発寸前のストレスはどうすれば解消されるのかと、人から勧められた音楽でも聴いてみようかなと思ったけど、どうしても気が乗らない。どうしてだろう?音楽を、私はもう残酷なものだと思うようになったのは、彼にお別れされてからの話で、信じられなくなったのかもしれない。どの音楽を聴いても、いなくなった・切り捨てた誰かにつながっているようで、心が痛む。時には私のもとをいなくなった人、時には私が切り捨てた人。そういった人たちの顔が浮かぶ。こんなことなら、もう誰にも出会いたくない。出会ったとしても、胸が痛いだけだ、音楽を聴くときと同じく。

誰にもつながらない、それでいて人生の岬に虹がかかる芸術や表現というものが今後には求められてくるのだと思う。音楽でも、小説でも。アタッチメントはもう材料出尽くしで、今後はデタッチメントだろうな。そうじゃなきゃどこへ行ってもいいと言われて、半端なまま誰かに出会って傷つくばかりで、一人になれない。人は一人にならないと、人を本当には求めて、本当には出会わないのだと思う。

誰にもつながらない音楽をください。

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