ゆっくりとさよならをとなえる

いざ、生きめやも/さよならの学者に、なりたい

火を潜り抜けて

昨日の夕方、本を一冊読み終えて、新しい本を買いに出かけたら、空に飛行機雲が定規で線を引いたように真っ直ぐ伸びていた。白く続くけっこうな長さのその先を見ると小さな飛行機があった。私は急に空へのあこがれを思い出して、あの飛行機に乗っているはずであろう誰かがうらやましくなった。いつか私もそこにいるといいな。けど、もういい歳しているのに、そのいつかはいつくるんだろう。うんと大金持ちになって、なにもかも手遅れになる前に、飛行機雲で自由に空に白い線を真っ直ぐに引く。

思い浮かんで書かずにおいた言葉って、どこへ行くんだろう?「ではなぜその金を銀行に預けなかった?土に埋めずに預けていればその利子を受け取れていたはずを」という聖書の言葉を思い出す。私の書かずに置いた言葉や言わずにおいた言葉たちは、土に埋まって、掘り返されるのを待っている化石燃料のようなものになるんだろうか?

どんなにわだかまっても火を潜り抜けて、生まれ変わるといいな。そのまま別れてもう二度と会えぬ人や場所も、火を潜り抜けて、また私の前に違った形でおんなじ風に現れる。深い沈鬱も悲哀もそうして助かる。そのはず。

今朝は目がさめた瞬間から、すぐに「もう二度と彼には会えないだろう」と直感し、それをとても耐えがたいことだと思い、不安と恐怖に身がすくんだ。今までの私だって、それは承知していたはずなのに、なぜまた今日に限って?会えるだろうと思ってその太陽を知らずに愛していたのだろうか?そして、陽が欠けてしまったら、彼の思い出や面影すべてが再生不能の氷の塊になった気持ちがした。

お別れされてからの毎日は火のような葛藤の日々だった。それらを潜り抜けて、強くなった私と彼が、また出会えたら、もう何もいらない。おおげさでなく、掛値なしに。また会えたらいいな。忘れたころに、違った服を着た同じ彼に会いたい。